青春のイス

はじめてそのイスを見たのは
東京のデパートだった。

二十数年前、私は大学受験にことごとく失敗し、
あこがれの都会で
惨めな浪人生活をはじめた頃だと記憶している。

上京したての私にとってブティックや専門店と違い、
気軽に入ることができ、何を買うでもなく、
ただぶらぶらと
ウインドーショピングができるデパートは、
お金のかからない唯一の息抜きの場所だった。

そこにあるものときたら、
それまでテレビの中でしか見たことのない、
最先端のファッションや高級ブランド、
美術品から高級素材、
ありとあらゆるモノで溢れていた。

行くたびに何かしら新しい発見があり、
まったく飽きることがなかった。

ある日のこと、
いつものように出かけたウインドーショッピング。
当時日本一売り場が長いと言われていた
デパートの登りエスカレーターの途中、
そのイスは目に飛び込んできた。

角材と板を部品とし、直線のみで構成され、
曲線は一切排除されていた。
鮮やかな赤、青、黄、
それとピアノを思わせる漆黒の塗装が施されていた。

そのときはディスプレイ用の飾り物なのか、
本物のイスなのか判断が付きかねた。
角材が細く板も薄かったので
人の体重を支えるにはいささか貧弱に思えたのだ。

しかし、大胆な色彩と構成が、
私の心をわしづかみにして放さなかった。
脳裏に焼きついたそのイスはやがて憧憬へと変わった。
自分で作ろうかとさえ考えていた。

そのイスが世界的に有名な、
オランダの天才建築家で偉大な家具デザイナーの
リートフェルトの代表作「レッド&ブルーチェア」であることを
知ったのはかなり後になってからだった。

結局、自分で作ることもなく、購入することもなかった。
だが、その輝きは少しも色褪せることもなく
今も自分の中にある。

しかし、今あの椅子に出会っていたら
これほどまでに心奪われることはあるだろうか?

座り心地を犠牲にしても
デザイン性を重視した「レッド&ブルーチェア」。
強く惹かれたのはあの頃の自分を映し出していたのだと思う。

家具と関わる仕事をしている今、
座り心地や使い勝手を選択条件の
上位に持ってきている自分は、
やはりあの時の自分と変わってしまっている。

その事実と、過ぎ去った時を思い返すと、
切なくもあり胸が締め付けられる様な想いがする。
今の私は、ブルーな気持ちを包み込んでくれる、
とびきり座り心地がいいイスを必要としているようだ。

TOP
TOP